エージェンティックコマース時代のEC戦略

※本記事は、ネット担当者フォーラムに掲載された記事をもとに当社サイト向けに再編集したものです。

新市場の拡大と実用化に向けた技術課題

「エージェンティックコマース」は、AI(人工知能)エージェントが、人間の代わりに自律的に商品を探索・選定・購買まで行う仕組みです。この新たな市場について、日本でもここ数か月で急速に話題に上るようになってきました。欧米ではすでに2025年から多くの市場予測データが観測されており、マッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)の予測によると、エージェンティックコマースの市場規模は、2030年までにグローバルで3兆〜5兆ドル(約450兆〜750兆円)に達すると試算されています。

そして日本でもこのエージェンティックコマースの取り組みがいよいよ本格的に始まろうとしています。一方で、生成AIは進化や変化の激しいジャンル。これから実用化に向けてクリアすべき多くの課題が浮き彫りになってくると考えられます。

たとえば、先行する議論のなかでは「MCP(Model Context Protocol)」(Anthropic社が提唱した、生成AIと外部サーバーがスムーズかつ安全にデータをやり取りするための共通接続規格)への取り組みが重要であるという指摘があります。しかし、このMCPが本当に業界のメインプロトコル(通信を行う際の共通のルールや規格)として広く定着するかどうかは、現時点では未知数です。

実際、MCPは規格としてあまりに壮大すぎるため、「データ処理時のオーバーヘッド(システムにかかる余計な負荷や処理時間)が過剰になり、動作が重くなる」という懸念は、以前から開発者の間で指摘されていました。

「シンプルなWeb通信規格である『REST(レスト)API』を使い、AIへの作業依頼をひとまとめにした『skills(スキルズ)』を直接呼び出して処理すれば十分ではないか」という発想は、技術的にごく自然なものです。

しかし、技術がインターネット上で広く普及するためには、コンパチビリティ(互換性)、セキュリティ(安全性)、ポータビリティ(異なるシステム間での移植性・持ちやすさ)が欠かせません。そのため、MCPを巡る展開や技術の標準化争いは、今後も予断を許さない状況が続くでしょう。

かつて、インターネットを通じた音声通話技術である「VoIP」の黎明期において、「SIP」という通信制御プロトコルの研究開発が行われていました。しかし、この「SIP」も仕様があまりに壮大かつ複雑すぎたため、普及スピードを落とす結果となりました。 技術者の傾向として、あらゆる状況を網羅した完璧なプロトコルを作り上げようとしがちですが、俊敏さが求められるインターネットの世界と、機能が多すぎて複雑な規格は相性が良くないというのが、歴史の示す常と言えます。

CX向上に極めて重要な「コンテキストギャップ」への対応

現在、エージェンティックコマースにおいて(特に欧米のEC業界で)、最も議論が活発なトピックの1つが「コンテキスト」です。

実は、エージェンティックコマースでは、ECにおけるCX(顧客体験)の向上において大きな将来性を期待されています。その最大の要因の1つが、AIとのやり取りを通じて、消費者の抱える「コンテキスト(背景、文脈、顧客が置かれている個別の状況)」を圧倒的に豊富に取得できる点にあります。

「エージェンティック」という言葉が登場する以前は、ECサイトにおける「カンバセーショナルサーチ(会話型検索)」の活用が注目されていましたが、これは本質的に「コンテキストサーチ(文脈を考慮した検索)」と同義です。

「会話」という極めて自然なインターフェースが介在することで、ユーザーは従来の単語検索に比べ、より自然に自分の置かれている経緯や背景(=コンテキスト)をシステムに伝えることができるようになったのです。

たとえば、ECサイトの検索窓で単に「ワンピース」と入力して検索するのと、「来週末に軽井沢で友達の結婚式の二次会に出るのに良さげなワンピース」と会話形式でAIに伝えるのでは、システム側が得られる情報量が圧倒的に異なります。

後者の会話検索には、「いつまでに必要なのか」「その場所の気候や気温はどの程度か」「どのようなTPO(時間・場所・場合)が求められるか」といった、商品選定に重要な顧客の背景(コンテキスト)が豊富に含まれているからです。

ECサイト内に設置された対話型AIであれば、この情報をダイレクトに生かして自社サイト内の検索システム(エージェンティックサーチ)を走らせ、文脈に完全に合致したワンピースを提案できます。 しかし、現実にはこうした日常的な会話はECサイト内ではなく、「ChatGPT」などの外部の一般的な生成AI上でカジュアルに行われるケースが圧倒的に多くなるでしょう。

その場合、生成AIは「AIフレンドリー(AIが情報を読み取りやすいよう最適化された構造)」なECサイトとバックグラウンドで通信して検索を実行し、文脈に沿った商品をユーザーに提示します。しかし、ここに大きな落とし穴が存在します。ユーザーが提案されたURLをクリックして自社ECサイトへ遷移した際、生成AI上で重ねてきた「会話の文脈(コンテキスト)」が引き継がれず、分断されてしまうケースがほとんどなのです。

まだ、おすすめ商品の一覧ページであるPLP(Product List Page、商品一覧ページ)に遷移する設計であればユーザーの商品選択の意図をある程度推測できますが、特定の商品詳細ページであるPDP(Product Detail Page、商品詳細ページ)に直接着地し、もしユーザーがその商品を「イメージと違うな」と見送ってしまった場合、ECサイト側は「このユーザーがどういう背景でワンピースを探していたのか」を把握する術を失ってしまいます。

技術的には、生成AIに検索結果を返す際、渡された検索条件のパラメータ(数値や設定値)を保持し、セッションID(ユーザーを識別する一時的な管理番号)とセットにした専用URLを生成して返却すれば、ある程度の文脈維持は可能です。しかし、ユーザーが生成AI側で会話を深めれば深めるほど、最終的に自社ECサイト側がキャッチアップできるコンテキストはどんどん貧弱になってしまいます。

このように、「AIチャット上での対話」と「実際のECサイトでの購買行動」の間で消費者のコンテキストが分断され、顧客体験に連続性が失われてしまう現象を「コンテキストギャップ(文脈の分断)」と呼びます。

このギャップをいかにして埋め、一気通貫した心地よい顧客体験を提供できるかは、今後のECサイトにおけるCX向上において極めて重要な技術的・戦略的課題と言えるでしょう。

変革期における生成AI技術との向き合い方

「ChatGPT」を展開するOpenAI社も、2025年はチャット画面内で買い物を直接完結させる「インスタントチェックアウト(外部サイトに遷移せずAIアプリ内で決済する仕組み)」というアプローチに注力していましたが、現在は「AIで購買を支援しつつ、最終的には提携ECサイトへユーザーを送客する」という方針へと明確にシフトしています。

購入プロセスのどこまでを生成AI上で進め、どこからをECサイト側が担うべきか。これは扱う商品のジャンル(嗜好品、日用品など)によっても異なりますし、顧客それぞれのコンテキストによっても変化するため、現段階で絶対的な唯一の正解はありません。

しかし、確実に予測できる未来は、「生成AIは急速に『検索ポータル(ネット情報への玄関口)』としての役割を強めていく」ということです。

2025年時点の「ChatGPT」は、できる限りLLM(大規模言語モデル、AIが言葉を処理するための基盤となる仕組み)の内部知識だけで質問に答えようと努めていました。同じテーマで10〜15分ほど対話を深掘りしていくと、やがてAIが回答に窮して外部のWebサイトを検索し始めるのですが、その際の待ち時間は長く、得られる情報も決して実用的とは言えませんでした。

この時期の生成AIは、ポータルではなく「何でも知っている万能の脳」をめざしていたと言えます。しかし、秒単位で変化する全世界のWebサイトの最新情報をすべてAIの内部に保持し続けることには、構造上無理があります。

現在の「ChatGPT」は、対話の初期段階からスムーズに外部のWebサイトをリアルタイム検索し、その内容をLLMが瞬時に要約して提示するスタイルに進化ています。これにより顧客体験(CX)は劇的に向上しました。

つまり、AI自身が「すべてを脳内に記憶する」のではなく、「この質問の答えは、どのWebサイトへ検索に行けば得られるか」を把握してユーザーを導く、かつての検索エンジンのような「検索ポータル」へとシフトしているのです。これはテクノロジーの進化において、非常に合理的かつ当然の推移と言えます。

現在、OpenAI社は、以下の3つの役割の異なるクローラを同時に稼働させています。

GPTBot     :AIの基礎知識や言語理解を向上させるための「LLM学習用クローラ」
OAI-SearchBot:最新の検索エンジン用データベースを構築する「検索インデックス(索引)用クローラ」
ChatGPT-User :ユーザーの質問に対してリアルタイムに情報を取得しに行く「リアルタイムクローラ」

ECサイト側からすれば、「AIに長期的に学習してほしい情報(商品コンセプトやブランドストーリーなど)」「検索のデータベースとして素早く登録してほしい情報(最新の商品リストなど)」「ユーザーの質問に応じてその場で瞬時に読み取ってほしい情報(リアルタイムの在庫や価格など)」は、それぞれ微妙に異なるはずです。

そのため、これからのAI時代の流入対策である「GEO(Generative Engine Optimization、生成AI検索最適化)」においては、これらの特性の異なるクローラに対してどのような情報を渡し、どのように巡回を制御するかという「クローラ挙動ポリシー」の細かいチューニングが不可欠なテーマとなっています。

もちろん、今後クローラの種類がさらに増えたり、巡回アルゴリズムが変更されたり、あるいは「ChatGPT」以外のAI(GoogleのGeminiなど)で異なる対策が必要になったりするため、サイト運営側の対応コストや技術的負担は決して小さくありません。

これらを解決するために前述の「MCP」のような統一規格が模索されているわけですが、その最適な規格自体が日々アップデートされ変化しているのが現状です。EC事業者にとっては、「毎日ひたすら試行錯誤を繰り返す」ことこそが、今求められるリアルな対応手段となっています。

規格が定まれば将来的に運用は落ち着きますが、その規格自体が生成AIの驚異的な進化スピードに追従できなくなるリスクも孕んでいます。変化が激しい現段階において、最先端をキャッチアップするためにはこうした手間をかけることもやむを得ないと言えるでしょう。

日本は欧米と比べて、「業界の共通規格やルールが落ち着いてから本格的に取り組む」という標準化重視の、安全で慎重な姿勢を取りがちです。

しかし、このエージェンティックコマースの劇的な変革期において、いち早く「コンテキストギャップの解消」や「GEOのチューニング」といった技術的課題に挑み、現場で主体的に「知見」を蓄積したECサイトこそが、生成AIのクローラからも、そして生身のユーザーからも選ばれる、圧倒的にCXの高い未来のECサイトとして、先行者利益を獲得することになるでしょう。

■関連コラム■

コラム一覧

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【著者情報】
ZETA株式会社
代表取締役社長 山崎 徳之

【連載紹介】
[gihyo.jp]エンジニアと経営のクロスオーバー
[Biz/Zine]テクノロジービジネスの幻想とリアル
[ECZine]人工知能×ECことはじめ
[ECのミカタ]ECの役割
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【公式SNS】
Xアカウント
Facebookアカウント

【CX向上生成AIソリューション ZETA CXシリーズ】

ZETA SEARCH ZETA AD ZETA GEO
ZETA HASHTAG ZETA VOICE ZETA ENGAGE
ZETA BASKET ZETA CLICK ZETA RECOMMEND
ZETA TALK
ZETA SEARCH ZETA AD ZETA GEO ZETA HASHTAG ZETA VOICE
ZETA ENGAGE ZETA BASKET ZETA CLICK ZETA RECOMMEND ZETA TALK